ああ!男の人って幾つも愛を持っているのね!

ああ!あちこちに散撒いてわたしを困らせるの!


「ヒノエくんの、うそつき」
言葉は意外とすんなりと出た。私は結構、はっきり物を言うタイプだと再確認。思い立ったら即発車、振り向きもせずに一直線。そんな私の言葉に、ヒノエくんは少しだけ驚いた顔をした。驚いた顔を、した。驚いた顔をしてから、苦笑気味に笑った。困ったように、参ったように、だけど焦ってはいないように。
「どうしたんだい、俺の姫君。なにか、気に障ることでもしたかな、俺」
今更何を。やっぱり言葉はすんなりと、出た。今私はきっと、すごく、すごく、不機嫌な顔をしているんだろう。嫌でも解る、すぐ解る。自分のことだもの。ヒノエくんはほんの少し焦ったみたいだった。只事じゃあ、ないね。と言って、緩く首を傾けた。只事じゃない、只事であるはずが、ない。そうじゃなきゃ私はこんな行動をしないでしょう。ヒノエくん、ほんとに解ってないの?
「あのね、ヒノエくん」
仕方ない教えてやるかと向き直る。ヒノエくんも、自然、居住まいを正す。
「ヒノエくん、昨日の夜は何処に行っていたのかな」
「……それは、どういうことかな」
「質問をしているのはこっち。答えて」
少しだけ口調をきつくする。ヒノエくんは気まずそうに目を反らした。何か、言葉を探している。私を刺激しない、私を怒らせない、私を安心させる言葉を。だけどね、ヒノエくん。その行動が、意味が解っている私にはそんなの無意味なんだよ。無意味過ぎて、いっそ滑稽な程に、どうしようもなく無意味で無意義、なんだよ。
「…昨日、は…熊野水軍の連中と、少し、飲みに」
「嘘だね」
電光石火のごとく。
「私、水軍のひとたちに、訊いたもん。昨日、なにしてましたか、ヒノエくん、一緒でしたか、って。そしたら、水軍のひとたち、何て答えたと思う?『頭領は、女に会いにいくって言って出ていきましたよ。あれ、神子さま、一緒じゃなかったんですか』…だって」
「……チッ」
「ね、どういうことかな、ヒノエくん」
ヒノエくんは、すごく、不機嫌そうな顔をした。多分心の中で水軍の人たちに散々悪態恨み言罵詈雑言を吐いているんだと思う。けど、それはお門違いじゃないんだろうか、と思った。言わないけど。暫くの間沈黙があって、ヒノエくんは渋々と言った感じで、口を開いた。渋々、ほんとうに、渋々。此処までしっくり来るなんて。
「…昨日は…そう、呼ばれてたんだよ。勝浦の女に。ほら、昨日の昼間、自由行動の時。少し勝浦をぶらついたら、怪我してる女に会ってね、軽く手当してやったら、お礼がしたいからって夜に。会いましょうって、さ。俺はいらないって言ったんだけどね、相手がどうしてもって言うから。そのあとは、夜通し飲み明かした、だけだよ、なにもしてない」
よくもまあ。
よくもまあそんなにべらべらと話せるもんだ。何処までが真実で何処までが虚偽で何処までが本気で何処までが冗句なのか解り兼ねるけど、ヒノエくんは差し障りの無い言葉を選んだ、という風に説明をした。説明。説明ね…。どうも、嘘臭いんだよねえ、ヒノエくん。最後の『なにもしてない』、とかさ。一万歩譲って、女の人に呼ばれたのは本当だとしても、ヒノエくんは一度も断らずについていったんじゃないのかな。それこそ罠に誘われる動物みたいに。火に誘われる羽虫のように。そして、そして…きっと、その女の人に愛を囁いたんでしょう?
「…怒ってるのかい、望美」
子供に叱られたみたいな、顔をしている。今からきっとお叱りを受けるんだ、今からきっと罰を受けるんだ、って顔。…罰さえ受けてしまえば、きっと許してくれる、っていう顔。
「どう思う?」
だから、だから、判断を彼に委ねてみた。ヒノエくんから見て、私は怒っているように、見えるのかな?
「…ああ、うん…怒ってる、よな。そりゃ、まあ……な、悪かったよ望美。今度からは、もうしない。もうしないから、俺を許してくんない?…俺が可愛いと、触れたいと、思うのは、お前だけなんだぜ」
歯の浮く様な台詞。もう聞き飽きましたよ?
「なあ、怒るなよ。何したら、許してくれる?何か欲しいものがある?海にでも出ようか?それとも、それとも、ずっと傍に居ようか」
ああ、あまったるい。甘ったるい、ずるずる、ずるずる。あまったるい。もう、聞き飽きましたよ。
「…なあ、望美…」
聞き飽きた、けれど。
聞き飽きたからって、効果が無い訳じゃあ、ない。私は結局、結局、
「…ううん、怒ってないよ、ヒノエくん。いいよ、もう。事実を確認したかった、だけなの。ヒノエくんが、何処に居たのか、気になっただけ。それだけだよ」
「…本当かい?」
嬉しそうだね。うん、けど、私も、あまい。あまったるい。さっきの甘言よりも、更にあまったるい。あまったるくてあまったるくて、溶けてしまいそうな、ほど。あまったるいを七乗ぐらいしてるかもしれない。どうして私はいつでもヒノエくんを許してしまうのか。どうして私はいつでもヒノエくんを赦してしまうのか。罪に罰を与えず、傷に塩を与えず、まるで子供にお菓子でも与えるように。
「うん、本当。怒ってないよ、だから、気にしないで」
答えは簡単。単純明快、清廉潔白。
わたしが、ヒノエくんを、
「私、ヒノエくんのこと、好きだもん。だから、大丈夫。仕方ないよね、ヒノエくんもてるから。嫉妬しちゃったの、ちょっと」
あいして、いるから?
「そっか…うん、ありがと。よし、じゃあ今日一日は、お前のために使うよ。何か、俺にしてほしいこと、ない?何でも言って。お前のためになら、沈む夕日を昇らせてみせる」
「あはは、それは平家の台詞だよ。うん、じゃあ、一緒に居て、ヒノエくん」
幼稚な女。軽い女。解り易くて単純で、のらりくらりとかわせる女。
それでもいいと思って、しまう。この狼少年を、愛してしまったから。

いつでも、あなたは、きょろきょろ。










狼少年のラブソング






















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