元を正せば、あの日雨が降った事が、一番最初の原因だと、政宗は思った。





その日は昼から突然の豪雨だった。
政宗は家路を急いでいた。走る度に水がびちゃびちゃと跳ねて、ズボンの裾と靴がぐっしょり濡れてしまう。靴の中まで浸水してきてもう気持ち悪い事この上なかった。しかしそれすらも気にならない程政宗の体はずぶ濡れになっていた。濡れ鼠とは当にこの事だ、政宗は胸中一人ごちる。舌打ちした所で雨が止む筈も無いので、政宗は兎に角急ぐしか無かった。急げ急げと足を叱咤して、豪雨の中を走り抜けた。
マンションの前まで来た所で、ふと小さな影を見つけた。四角い影。近寄ってみればそれは段ボール箱だった。元は特産物か何かが入っていたらしい茶色い段ボールは雨に打たれてすっかり黒くなっていた。政宗はその中を覗き込む。ごみだろうかとは思ったけれど、今はそんなことをしてる場合じゃないと思ったけれど、何故か、惹かれる様に、箱の中を見下ろした。
「…あぁ?」
思わず声が漏れる。思わず眉間に皺が出来る。箱の中にあったのは、――居たのは、小さな小さな傷だらけの子供だった。しかも、犬だか猫だか解らないが動物の耳と尻尾付きで。政宗はふと思案して、ひとつの生き物を思い出した。

最初は、変質な金持ちの趣味から始まった生き物。その金持ちは動物が好きだった。家には沢山の動物を飼っていた。そしてある日こう言った、「もっと新しい生き物が欲しい」。金持ちは、使い切れない程の金を回して、国の生物学者やら技術者やらを呼び寄せて、ある一種の生き物を作った。中身は至極簡単で、人間と動物の遺伝子を組み合わせたもの。一番最初に作られたのは人間と犬の遺伝子を組み換えて組み合わせたそれだった。生き物に名前は無く、ただ通称の様にして『人獣』とだけ呼ばれた。遺伝子を人工的に組み換えたそれは見栄えも善く、金持ちはそれを気に入って、技術者達に言った。「この生き物をもっと作ろう」。
以降、この生き物は貴族や好事家の間で爆発的な人気を引き起こした。遺伝子組み換えをされた上での人工生物の為に、その生き物はかなりの高額で取り引きされ金を余る程持っている者達の手にしか渡らなかった。所謂金持ちの道楽、庶民達には縁の遠いものだった。ただ冨ばかりを持ち合わせた者達は、この生き物をペットとして飼う事が一種のステータスとなっていた。

「…なんでこんな所に落ちてんだ」
政宗がぽつりと呟くが、子供は寝ているのか気絶しているのか、子供特有の長い睫毛を雨に濡らしたまま、しかしその瞼は閉じられていて開く様子も無い。確か『人獣』は依頼人のオーダーによって作られる筈だ。ということは恐らくこの子供にも、きちんと主は居るのだろう、金持ちの。だが、だがこの状況は。
「捨てられたのか?」
政宗は雨に打たれている事もすっかり忘れてその子供を見つめていた。古傷だろうか、顔や体のあちこちに色の薄くなった傷跡が走っている。痛々しいよりもそれは、何だか子供の体には不釣り合いだった。さてどうしようかと政宗は考え込む。置いていった所で構わないだろう。どうせその辺の物好きが拾っていくに決まっている。だが、だが、もしも…、もしも誰も拾わなければ。誰も此処を通らなければ。そうしたら自分は、どうするだろうか。
「…バカバカしい…」
政宗は小さく呟いて、重たい足を動かした。マンションの中へと入っていく。段ボール箱と、その中で死んだ様に動かない子供を置いたまま。雨に打たれるそれを、見捨てたまま。










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