「ん、」
政宗を捜して城内をうろうろしていた利家は、漸くその人物を見つけた。池のある庭、南向きの庭、そこに面した縁側に。軽く着た着流しは涼しげで、けれどこれから寒くなろうという時節には少しだけ時期遅れ、だった。まあ利家はそれを気にしなかったけれど。自分だって、人の事を言えた義理ではないし、それ以前に、政宗を見て寒そうな格好だなんて思いつきもしなかったので、ある。ひたひたと近付いて隣に座る。政宗はぼんやり、ぼんやりだけれど、庭を見つめていた。凝視に近い。
「どうしたんだ、ぼーっとして」
「Oh、利家。居たのか」
気付かなかったのか、政宗ともあろう、男が?それほどに油断していたのか或いは、それほどに庭に集中していたのか。利家は不思議に思って、政宗との隙間を少し埋めた。少しだけ、だが。政宗は瞳を、その目許を緩めた。それから弧を描いていた口が、開く。
「Ahー…いや、今な、何か庭で光ったんだ」
「…うん?」
「光ったっていうか…光ったものが、動いた」
難しい事を、言う。曖昧な表現だな、それは…。利家は少し考えて、それでも結局思い当たらなかったので、なんだそれはと訊いてみた。或いはまつか慶次なら即座に答えを弾き出したのかも知れないが、生憎利家の頭はそんなに速くは回らなかった。利家の問いに、政宗は少し困った様に腕を組んで、んー、と小さく唸った。少しの沈黙。こおろぎが鳴いている。
「何つーのかね…こう、これぐらいの、ちいせぇ光がよ、すいっと、そっちの木の陰からあっちの茂みに動いたんだよ。一瞬のことで、びっくりして」
これぐらい、という所で政宗は手でその大きさを示してみせた。余り大きくないそれは、人差し指と親指で表現された。虫、だろうか。…虫?
「…ああ、ああ!それって、蛍じゃないのか」
「……ホタル?」
合点がいったとばかりに利家が目を瞬かせて政宗に言うと、政宗は得心がいかぬと言う様子で眉根を寄せた。蛍を知らないのだろうか。ううん、と利家も腕を組んで、少し考える。説明を、切り出した。
「蛍っていうのは、小さい虫の事でな。尻の部分が光って、きれいなんだ」
「Ah?尻が、光る?」
「うん」
「虫なのに?」
「蛍はそういう虫なんだ。…なんだ、政宗、お前蛍見たことないのか」
「虫にゃ興味はねぇよ。俺が興味あンのは戦と料理とお前ぐらいだ」
「そうか…じゃあ、蛍知らなくて当然、なのかな」
さらりと利家に愛を囁いた積もりだが、さらりと利家はそれをかわした。かわしたというよりも、気付かなかったのかもしれない(つまり、婉曲表現が過ぎたということだ、多分)。政宗は少し不満そうな顔をしたが、直ぐに何でもないという風に戻った。いつものことだ。こんなのは。今はそれじゃない、ホタルだ。
「うーん、でも、蛍は夏の虫だしな…遅れた一匹が、居たのかな」
先の政宗に倣う様にして、利家も庭を見つめた。静かで、こおろぎが鳴いていて、蛍は居そうにない。当たり前だ、時季が違い過ぎている。政宗も、庭を見た。なんだ、と面白く無さそうに口を開く。
「夏の、虫。じゃあ、もう見れねぇな」
「うん、そうだなあ…残念だ」
利家が苦笑した。そんな利家をちらりと横目で見遣って、少し吐息した。ふと、利家が何かに思いついた様に、片手を握り、片掌に、打った。気付きましたの仕種。
「よし、じゃあ、政宗。来年の夏に、蛍を見に行こう」
「…来年?」
「うん。家の近くにな、蛍が沢山飛ぶ川があるんだ。よく、まつと慶次と行った。穴場だぞ」
「ふうん…、穴場、ね」
「な、政宗。来年の夏、見に行こう。約束だ」
「…そうだな…Okay、その約束、乗ったぜ」
「よし。じゃあー、今から楽しみが出来たな!」
ころりと嬉しそうに利家が笑う。至極嬉しそうに。政宗も嬉しそうに笑った。約束をしたことと、利家が笑ったことが、嬉しくて。
二人して、笑った。










ほたる






















SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送